ドイツの博士課程で習得したマネジメント能力

研究留学Advent Calendar 2019の1日目を担当する石丸です。博士前期課程 (修士) の修了とともに日本を離れ、今年ようやくドイツのカイザースラウテルン工科大学で工学博士号をとることができました。この記事では、自分の目から見た日本とドイツの博士課程の違いや、その後のキャリアの選択肢について紹介します。

カイザースラウテルンの位置
カイザースラウテルンの位置

日本とドイツの博士課程の違いとしてよく挙げられるのは給与の有無です。自分の場合は、日本国内で就職を検討していた企業と同じくらいの給与を受け取りながら研究に取り組むことができました。ですが、それは単純にお金がもらえて嬉しいという話ではなく、責任ある仕事に対する対価であるという印象でした。日本の博士課程が自身の研究に深く打ち込む期間であるのに対して、ドイツでは研究者でありながらプロジェクトマネージャーとしての広い貢献が求められます。具体的には、下記の3つの能力が鍛えられる期間だったと思います。

1. チーム管理

ドイツでは教授が博士より若い学生を直接見ることは稀で、博士学生が学士・修士の学生を指導します。博士学生は自身の研究テーマをいくつかの独立な小テーマやタスクに分割して、卒論・修論として研究してもらい、そのとりまとめ結果をD論にします。卒論・修論のテーマを決める、というのが重要かつ面白いところで、学生の関心を惹きそうな課題を常にいくつかストックしておくことや、面談を通じて興味や適正を正しく判断するスキルが要求されます。

学生の人数が増えてくると1対1の指導を頻繁に行うには時間が足りなくなるので、グループのミーティングを設けたりSlackワークスペースを作成したりといった方法で学生間で教え合える仕組み作りを行います。工学分野とは異なるバックグラウンドをもつ学生にはプログラミングの基礎から教える一方で、グループ内のコミュニケーションの問題を見つけて解決することも多々あります。実験装置や出張にかかる費用のために研究費を獲得する必要もあります。ここまでくると小規模な研究室を運営する感覚に近いと思いました。

2. スケジュール管理

ドイツの博士課程には春卒業や秋卒業といった明確な修了時期がありません。例えばカイザースラウテルン工科大学では以下の過程を経て5-6年で修了するのが一般的です。

  1. 単位を取得してPh.D. candidateになる
  2. 研究成果を国際会議や論文誌で発表する
  3. 業績が十分になった時点で指導教員からGOサインをもらう
  4. D論の概要と骨子を提出する
  5. その半年後に本体を提出する
  6. 学内1名・学外1名以上のレビューを受ける
  7. レビューが揃ったら公聴会 (審査会) を開く
  8. 公聴会後のパーティを開く (ケータリングの手配なども自分で)
  9. 製本したものを大学図書館に提出する

これらを諸々の仕事や学生指導と並行して進めるため、目先の他の締切を優先していると少しずつ修了までの道が遠のいてしまいます。自分は3年で修了したいという目標があったため、逆算して何月何日までに何をするという計画を立てて研究を進めていました。周りから何かを言われるわけではない自分で作った締切をもとに作業を進める経験でこれほど長いものは今までの人生になく、計画の見直し方法や自他へのリマインド方法などの学びがありました。

3. 自己管理

どの国でも博士課程は時として強いプレッシャーのかかる期間なので、それをチャンスに変換して前進する力が大切だと思います。ただ人には調子が良いとき悪いときの波があり、調子が悪いときの追い込みは逆効果になるので、調子を良い状態に保つための自己管理能力は欠かせないと感じました。日本にいたときと違って、美味しいものを食べる・お風呂に浸かる・友達と話すなどの方法が気軽にとれないので、ドイツにいてもできること、例えばジョギングなどでストレスを解消するよう心がけていました。

一方で、自己管理を海外滞在者が一人で行うのは (もちろん学びのある経験になったのですが) 少々厳しいのではという印象もあります。ドイツの大学にもカウンセリングサービスのようなものはあるはずで、積極的に活用すれば余計な負荷を減らして研究活動により専念できていたかもしれません。とはいえ怪我や病気と違って外から見えないぶん不慣れな言語で状態を伝えるのは難しく…自己管理は海外の博士課程に在籍する人の共通の課題なのではないでしょうか。

Scientific Coordinatorという職

これらの経験を通じて科学的な問題設定・解決・報告とプロジェクトマネジメントができるようになった博士は、本人の興味と適正に応じて研究者・教育者・調整者のいずれかのキャリアを歩むようです。この中で特殊 (日本にはなさそう?) なのは調整者としてのキャリアです。ドイツの大学や研究所には大きなプロジェクトごとにScientific Coordinatorと呼ばれる人がおり、Scientific Coordinatorは博士号をもちながら、論文を書いたり若手を育成したりするのではなく、事務作業や予算管理や広報を担当してチームのパフォーマンスを高めるための仕事をします。研究分野に対する知見と文書作成のスキルも高いので、プロポーザルを書いたりもします。こうやって職務が明確に分かれていることで、各々がやるべきことに専念できる (教員が事務作業に追われることがない!) のもドイツの研究機関の高い生産性の秘訣のひとつだと思います。

公聴会の直後、博士"帽"授与式での1枚
公聴会の直後、博士"帽"授与式での1枚

ドイツでは新しく誕生した博士に対して同僚らが帽子を手作りする習わしがあり、授与式で帽子の装飾をすべて解説できることが真の博士の条件だといわれています (裏ハンター試験みたいですね)。指導教員のAndreas Dengel教授とドイツに送り出してくれた黄瀬浩一教授には大変お世話になりました。また、研究のいろはを教えてくれたKai Kunze教授、技術の切磋琢磨に付き合ってくれた@questbeat、心の支えになってくれたmosa.fmの方々にも感謝する次第です。

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