研究留学 Advent Calendar 2017 26日目の記事です。アドベントカレンダーに26日目は存在しないのですが、研究留学ACを見かけたときには既に25日分埋まっていたのと、素晴らしい記事を読んで自分も何か残したいと思って、非公式ながら勝手に書かせていただきました。

学生の頃に留学したところに就職という体験は珍しそうなので、本記事では留学生として/研究員としての滞在を比較してみることにしました。以下概要です。

  • いつ行ったか: 2013年10月-2014年3月(学部4年)、2016年4月-現在
  • どこへ行ったか: DFKIとカイザースラウテルン工科大学
  • 何をやったか: 卒論、行動認識を用いた学習支援のプロジェクトと博論の予定
  • どうやって行ったか: 大学研究室の交換留学

自己紹介

大阪府立大学の工学研究科を修了して、ドイツ人工知能研究センター(DFKI)で研究員として働きながらカイザースラウテルン工科大学(TUK)で博士号の取得を目指しています。専門分野は行動認識と認知科学です。これまでの留学経験として、大学4年生の頃に半年間DFKIに滞在1、大学院2年生の頃に1ヶ月間フランスのラ・ロッシェル大学に滞在2していました。

英語についてはもともと得意だったというわけではありませんでした。学部時代の指導教官(Kai Kunze先生)がドイツから来られた方だったので、英語が話せないと研究が進まず、必死でコミュニケーションをとっているうちに身につけることができました。

留学/就職先

DFKI (Deutsches Forschungszentrum für Künstliche Intelligenz)は人工知能ソフトウェアのヨーロッパにおける主導的研究所です。ドイツのカイザースラウテルン、ザールブリュッケン、ブレーメン、ベルリンに拠点をもっており、カイザースラウテルンではDFKIとTUKが様々なかたちで連携しています。DFKIの研究者がTUKで講義したり、TUKから学生が来て、単位認定のプロジェクトや卒論・修論・博論研究に取り組んだりといった感じです。DFKIが設立された経緯やその仕組について知りたい方は「ドイツ人工知能研究センター(DFKI)の20年-成功への道筋とそれを可能とした人々-」をお読みください。この記事を書かれたAndreas Dengel先生が博士の指導教官で、翻訳された黄瀬浩一先生が修士の指導教官です。

留学/就職のきっかけ

留学ができたのは、黄瀬先生とDengel先生が長年に渡って交流・共同研究を行っており、毎年数名の学生を互いの大学に送りあっているおかげでした。大学4年生の春頃、研究室のメーリングリストにその情報が回ってきて立候補したのが留学のきっかけです。当時のブログを振り返ると、大学卒業後に研究と開発どちらの道に進むか悩んでいたようで、外の世界を見てから決めたい・考えるためのひとりの時間を作りたい、というのが動機でした。

留学の末、DFKIの研究者らの姿勢やドイツでの暮らしをとても気に入ったので、博士前期課程修了後の進路としてDFKIに戻ってくることにしました。学振特別研究員の選考に落ちてしまって大阪府立大学での進学を断念したというのも理由の一つです3。ちょうどタイミングよくDFKIとTUKが研究員を雇える大型予算を手に入れたこと、留学時の成果やその後の対外発表の様子を高く評価していただいたことから、相談後すぐに採用されました。

学業/就労ビザ

ドイツで3ヶ月以上滞在するためには、留学の場合は学業ビザ、就職の場合は就労ビザが必要になります。日本を離れる前に滞在予定の街の移民局のWebページを確認して必要な書類を集めておくと良いと思います。書類が異なるだけで手続きは学業/就労どちらも同じでした。

申請は渡航後に行っても大丈夫です。というのも、ドイツ含むシェンゲン協定内において、日本人は過去半年以内で3ヶ月まではビザなしで滞在することができるからです。ただしこの3ヶ月は連続ではなく合計なので、3ヶ月を超えそうになったら一旦国外に出てすぐに戻ってくるという方法はとれません。極端な例だと3ヶ月上限までビザなしの滞在を行うと、次の3ヶ月間はシェンゲン協定内に入国できなくなります。自分の場合は国際会議などで既に3週間くらい使った状態での留学だったので、残り期限内にビザが取れるかヒヤヒヤしました。

ビザよりも急いで行うべきなのは住民登録です。(街によって異なりますが)滞在を始めてから2週間以内に手続きする必要があり、これを忘れるとビザや銀行口座などに必要な住民票が手に入りません。とはいえ役所のサービスは厳密ではありません。自分が受け持ってきた留学生のなかにはドイツ到着後に部屋探しを手伝った例があり、事情を話すと期限を約1ヶ月延長してもらうことができました。また、書類を集めて持っていってダメだと言われても諦めない方がいいです。もう一度列に並んで別の担当者にあたるとあっさりOKという場合がありました。

話が脱線したので留学と就職の比較に戻ります。

何をやった/やっているか

留学していたころは、博士学生の指導のもとで研究テーマ決めから国際会議への論文投稿までを行い、DFKI内のいくつかのプロジェクトで実装のお手伝いをしました。留学と卒論研究の時期が被っていたため、原稿はドイツで添削していただき、発表はSkypeによる遠隔でした。研究以外では、Chaos Communication Congress (30C3)・インターネット闇市Transmedialeといったお祭りに参加したり、国内外の都市を観光したり、充実した滞在でした。

研究員として戻ってきてからは、研究所内で担う役割が日に日に大きくなっています。具体的には、教わる側から教える側に、メンバーからリーダーにという変化です。

かつて留学生だった頃に博士学生のもとで研究していたように、今度は自分がTUKや他大学から来ている学生を指導しています。学期ごとに入れ替わりがありますが、常に8人以上、多いときでは11人を同時に見ています。この1年半で試行錯誤を繰り返したことで、学生ひとりひとりに合わせた指導が少しずつできるようになりました(自分で考えられるのが理想だけど、人によって手取り足取り教えた方がよかったり、あるいはそのバランス)。仕事を始めた頃は「英語で教えるのは英語で教わるのに比べてなんて難しいんだろう」と悩んでいたのですが、そのあたりの壁も乗り越えつつあります。

昨年の12月頃からはProject leadとしての仕事が始まりました。研究の進め方を変えて、実装や実験をすべて1人で行うのではなく、メンバーが取り組むのにちょうどよい粒度の独立したテーマに区切って、それらを組み合わせることで大きな問題を解くようになりました。議論や情報共有を活発にするグループ運営のノウハウも溜まってきました。研究助成への申請にも挑戦しています。これまでに2件の申請書を書き、どちらも無事に採択されました。

少し大変なのは、役割が大きくなるにしたがってドイツ語が必要になる場面が増えてきたことです。留学生の頃はゲストだったので「すみません英語で」といって許されていたのですが、最近はミーティングなどの場でそろそろドイツ語で話してほしいと思われているような雰囲気をひしひしと感じています。あと、仕事が面白すぎて博論を書く手が止まるという状況にならないように気をつけようと心がけています。

おわりに

留学生と研究員のふたつの立場からDFKIでの滞在について紹介しました。本記事を通じて伝えたいことは、(1)現在の進路を辿れたのは環境のおかげ。先生方や支援してくださっている方々に感謝。(2)ドイツの就労ビザ取得は難しくない。(3)留学生から研究員という立場になることによって、教わる側=>教える側、メンバー=>リーダーという役割を担うようになった。大変なこともあるがそのぶん楽しいことや学びが多い。早いうちからこういう経験ができて良い。ということでした。ちなみに冒頭の写真は家の近くの森の様子です。ドイツの冬は凍えるほど寒いので、短期間滞在するのであれば夏-秋がおすすめです。

  1. 正確にはTUKへの交換留学なのですが、講義は受講せず、internship studentと呼ばれて/名乗ってDFKIで研究していました。留学かインターンどちらと呼ぶべきか迷うところですが、本記事では留学に統一しています。 

  2. ラ・ロッシェル大学ではこれまでの自身のテーマとは全く異なって漫画画像解析の研究を行っていました。 

  3. ここここでも書きましたが挫折の先に巡り巡って良い選択をしており、失敗から学んだりチャンスを見つけたりするのが得意なのかもと思っています。